広島高等裁判所松江支部 平成3年(行コ)3号 判決 1993年11月24日
鳥取県米子市東町二三八番地
控訴人
小室安正
右訴訟代理人弁護士
高橋敬幸
同
高田良爾
同
安田寿朗
鳥取県米子市東町一二四番一六
被控訴人
米子税務署長 富山一成
右指定代理人
富岡淳
同
大北貫
同
上山本一興
同
中野裕道
同
樋野麗
同
西尾清
同
矢野聡彦
同
西村章
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が、控訴人に対し昭和五八年三月一〇日付でした控訴人の昭和五四年分の所得税の総所得金額を二六五万八五二六円、同五五年分の所得税の総所得金額を五四四万二一四四円、同五六年分の所得税の総所得金額を五七八万七一七九円と更正した各処分のうち、昭和五四年分につき一一八万円、同五五年分につき一七九万六一〇〇円、同五六年分につき二二一万三八二〇円を超える部分及びそれに対応する各過少申告加算税の賦課決定(ただし、いずれも審査裁決により一部取り消された後のもの。)をいずれも取り消す。
3 控訴費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨
第二当事者双方の主張及び証拠
当事者双方の主張は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおり(但し、原判決二枚目表七行目「被告」の次に「推計課税による」を加え、一〇行目「(以下「本件各更正処分」という)」を「(以下「本件各更正処分」または「原処分」という)」と、同裏一一、一二行目の「所部」を「所得税部門」と八枚目裏四行目「そして」から五行目「質問したが、」までを「そして、控訴人が、過去の税務調査、反面調査により迷惑を被った旨を述べたところ、林係官は「酒や酒の業界に詳しい」旨の話をし始めたので、話題が粗利の話に移ったものの、」と、九枚目表三行目「そして、」から四行目「反面調査を行い、」までを「しかも、被控訴人は、同年一〇月六日からすでに控訴人の取引先等に対して反面調査を開始しており、反面調査が先行している本件については被控訴人において控訴人の帳簿を見ることなど始めから考えもせずに」と、一一枚目裏三行目「ところが、」から五行目末尾までを「ところが、被控訴人は、粗利益率、所得率の算定に雑収入を含めるという恣意的な数値操作により、意図的に過大な所得金額の加算を行っており、右のような方法はとうてい納税者の納得を得られるものではない。」とそれぞれ改める。)であり、証拠の関係は、本件訴訟記録中の第一、二審の各書証、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人の主張
1 推計の必要性の欠如
控訴人が林係官から帳簿等の提出を求められた事実も、これを拒絶した事実も存しない。
(一) 本件当時、控訴人を初めとする米子民商会員への税務調査については、同民商事務局員が立会い、係官に対し税務調査の理由開示を求めていたが、例え、理由開示がなされなくても、係官のその後の話や説明の過程において納税者が帳簿を開示し、係官により調査が行われていたのが実態であって、この点は、当時、同じ林係官の税務調査に際し、次郎長寿司を初め同民商会員の調査においても帳簿を開示していることに徴すれば明白である。そして、以上の点は、控訴人においてもまったく同じであり、控訴人が帳簿の提示を拒絶する意図はなかった。
(二) 林係官は、昭和五七年一〇月七日、控訴人と電話で調査日時の打ち合わせをして、同月一三日、控訴人店舗に臨店した。しかし、同係官は、控訴人が税務調査の理由を尋ねても理由を明らかにしなかったので、(ちなみに、昭和四七年六月三日の衆議院大蔵委員会において「税務調査に当り、事前に納税者に通知するとともに、調査理由を明らかにすること」と決議されていることや、国税庁の税務運営方針において「税務調査は、その公益的必要性と納税者の私的利益の保護との衡量において、社会通念上相当と認められる範囲内で、納税者の理解と協力を得て行うものである」と規定されていることからしても、右の対応はまったく常識的なものである。)、控訴人が、過去の税務調査、反面調査により迷惑を被った旨を述べたのに対し、同係官自身が酒や酒の業界に詳しいと説明したため酒の粗利の話題になった。ところが、同係官の粗利に関する認識は実際のそれよりも相当高かったため、控訴人も、次回調査期日には粗利に関する帳簿を提示することを約束した。しかるに、同月二六日、控訴人は約束通り酒類販売台帳を準備して調査に応じようとしていたのに、林係官は控訴人店舗に来訪した後、調査に立ち会っていた渡辺米子民商事務局長と他店での税務調査に関して口論したあげく激昴し、調査を放棄したものである。控訴人は、右一連の調査過程で、問題点を指摘されればこれに答え、納得のいく説明があれば帳簿も提示するつもりであったのに、右の経過で帳簿の提示をまったく求められないまま一方的に調査を打ち切られ、結局、推計により本件各更正処分がなされたもので、本件各更正処分は、推計の必要性に欠ける違法なものであるから、取消されるべきである。
(三) なお、控訴人は、審査請求の手続の段階において、担当審判官から一度だけ帳簿書類の提出を打診されたが、これに応じなかったのは、異議決定により明確になった認定経費が極めて低く、過大な所得が算出されていたため、国税不服審判所の審査事務提要に従い、審査請求における争点を実額経費に絞り、かつ、原処分が推計の必要性、合理性を欠く違法なもので、これを理由に本件各処分の取消しを求めていたためであって、後者の店は本訴でも同様である。したがって、控訴人が審査請求並びに本訴において収入に関する帳簿等を提出しないことをもって、控訴人が税務調査段階で帳簿を開示する意思がなかったと判断することはとうてい許されない。
2 推計方法の不合理性
(一) 類似同業者選定基準の恣意性
本件の事業所得について、類似同業者選定基準に従って選定された類似同業者は、本件各更正処分(及び異議決定)、裁決、本訴の各段階でそれぞれ異なり、一定しない。右は、それぞれの選定基準が異なるためか、選定基準を同じくしながら選定過程に恣意が介在するのか、あるいは、その双方のいずれかである。およそ、被控訴人が、本訴において類似同業者と主張するAないしDの四業者は、原処分の三年五か月後に、本訴を維持するために広島国税局長の発した通達による七基準(以下、「国税七基準」という。)により選定されたにすぎないものであるから、国税七基準が本件各更正処分時に定立された選定基準や裁決の採用した選定基準に比べてより合理性を有することを要するところ、本件では、国税七基準の定立そのものが、事後的に原処分を維持するために恣意的に定立したもので、その合理性が担保されていないというべきである(原判決は、右の問題点を類似同業者選定過程の恣意性の問題にすり替えたもので、承服し難い。)。
また、控訴人の業態の特徴は、配達中心から、店舗の内装を重視して(通常よりも冷蔵庫、商品ケース等に多額の設備投資を要する。)、少量多品種を置く(通常よりもメーカーや卸問屋からのリベートが極端に少ない。)などの展開をしていることにあり、国税七基準は、このような控訴人の業態に関する基本的要素を考慮していないものであり、右七基準により選定された類似同業者の平均売上原価率、平均算出所得率により控訴人の所得を推計することに合理性はない。
(二) 類似同業者の平均売上原価率、所得率算定の誤り
被控訴人が本件推計に当り採用した類似同業者の売上原価率は、その売上金額に雑収入を含めて算定されたものである。しかし、売上金額に雑収入を含めると当然売上原価率は低くなり(反対に粗利益率は過大になる。)、かつ、雑収入と売上原価との間には事業規模に比例しないものも含まれ、その間に当然の相関関係は成立しないから、それにより得られた平均売上原価率、算出所得率を算定の根拠として控訴人に対して推計課税をするのは誤りで、しかも、前述のとおり、控訴人の雑収入はその事業形態からして他の業者に比べて格段に少ないという事情があるから、右のような算出所得率を適用することは、その合理性を根底から失うものといわざるをえない。
したがって、仮に、被控訴人主張のような推計ができるとしても、少なくとも、類似同業者の売上額から雑収入を控除した額を基礎に平均売上原価率を求め、これを売上原価に乗じて得た金額に雑収入実額を加算する方法により控訴人の売上額を算定すべきであって、被控訴人主張の推計方法は合理性を欠く違法なものというべきである。なお、雑収入は、酒問屋、仕入先との関係で生まれるものであって、控訴人の空き瓶収入、リベート収入の実額は、反面調査により得られた資料である乙第六号証ないし第二三号証で明確になっており、被控訴人は、右実額を原処分時に把握できたはずのものを、その努力と義務を懈怠した結果把握できなかったものであるから、雑収入実額を把握できないことを理由とする被控訴人の主張は理由がない。
ちなみに、控訴人のリベート、空き瓶代は別紙12のとおりであり、右のうち空き瓶代に雑収入率(三三・三パーセント)を乗じ、リベートを加算して得られる雑収入実額は次のとおりである。
昭和五四年分 二〇万七七八五円
昭和五五年分 二八万六四一六円
昭和五六年分 三三万四五五一円
(三) 経費の実額主張
所得計算において実額が明確なものについては、すべて実額において算定し、不明な部分に限り推計を用いることが真実の所得にもっとも近い数値を得る方法であることは当然である。
本件では、不動産収入は被控訴人主張のとおりであることを控訴人も認めて争わず、経費実額は甲第一五号証の一ないし三、第一六ないし第三五号証、乙第二六ないし第三〇号証により明確であるから、右の実額が控除されるべきである。
事業所得についても審査裁決手続において主張、立証を尽くし、現に、裁決においては、控訴人の経費実額はほぼ主張通り認定されているのであるから、本訴においても右実額が控除されるべきであって、これら実額が判明しているのに、経費について推計するのは違法である。控訴人の係争各年における事業所得の経費実額は別紙13の1ないし3のとおり、昭和五四年分は二六三万一二一五円、昭和五五年分は三二七万三八七五円、昭和五六年分は四四八万八七一〇円である。
3 審査裁決の瑕疵
国税不服審判所長の審査裁決は、控訴人の不動産所得について、昭和五四年から同五六年のいずれの年においても、原処分の認定が誤りであるとして大幅に減額しながら、事業所得については原処分の認定額よりはるかに高額の金額を認定したうえ、結局、総所得か原処分における所得額を超える限度で一部を取り消したにすぎない。
しかし、国税通則法九八条二項は「審査請求が理由のあるときは、国税不服審判所長は、裁決で、当該審査に係る処分の全部もしくは一部を取り消し、又はこれを変更する。ただし、審査請求人の不利益に当該処分を変更することはできない」と規定しており、国税不服審判所の権利救済機関としての性格にかんがみれば、右は事業所得、不動産所得という個々の所得ごとに適用されるというべく、事業所得について原処分以上の所得を認定した裁決は違法であり、本訴においては、当然、国税通則法九八条二項の趣旨に沿った計算がなされるべきである。
二 被控訴人の主張
控訴人の主張はすべて争う。
1 推計の必要性について
林係官は、昭和五七年一〇月七日、控訴人と電話で話したとき、また、同月一三日に控訴人店舗に臨場したときにも、控訴人に帳簿書類の提示を求めたのに、同月二六日の控訴人店舗への臨場時には控訴人から「税務署の方で勝手に調査してくれ。」等といわれたことや、控訴人が国税不服審判所の諸帳簿の提示要求に応じなかった事実からしても、控訴人において、帳簿を提示する意思のなかったこと、したがって、推計の必要性があったことは明白である。
2 推計方法の合理性について
(一) 国税七基準について
控訴人は、被控訴人が本訴において援用する類似同業者が、原処分及び異議決定、裁決の段階におけるそれと異なることを根拠に国税七基準を論難するが、課税処分取消訴訟の審判の対象となるのは租税債務の存否いかんであり、所得認定のための資料は処分当時判明していたもののみならず訴訟係属後判明した資料を用いることが許されるものというべきであるから、被控訴人が本訴において主張する国税七基準の合理性が問題とされるのは格別、原処分及び異議決定、裁決の段階における選定基準の合理性を問題とする必要性はない(被控訴人としては、国税不服審判所の組織上の独立性から審判所の用いた類似同業者選定の基準を知ることができないが、いずれにせよ、右基準には国税七基準において設定された、より合理性の高い条件が欠けていたためDが漏れていたと考えられるのであって、Dを排除した原判決の判断は相当とはいえない。)。
しかして、国税七基準の合理性については、調査に控訴人の協力を得られないのであるから、控訴人と完全に一致する同業者を選択することは不可能で、同基準が外部から客観的、正確に把握できる基礎的項目を抽出基準に加え、業種の同一性、営業規模の一応の類似性、平均値算出過程の整合性等推計の基礎的要因に欠けるところはない以上、当該納税者の個別的営業条件のいかんは、それが当該平均値による推計を不合理ならしめる程度の顕著なものでない限り、これを斟酌することを要しないというべきである。
(二) 雑収入の取り扱い
被控訴人が、雑収入を売上に加えて類似同業者の平均売上原価率、所得率を算出したのは、<1>控訴人の雑収入金額を把握できなかったこと、<2>売上金額については、所得税法三六条(収入金額)一項により、総収入に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除いてその年に収入すべき金額とする旨規定されており、青色申告書の決算書の様式において売上金額に雑収入金額を含めて記載することになっていること、<3>類似同業者によっては、別個に雑収入を把握できない者があることによるものである。
確かに、類似同業者の売上に雑収入を含めている場合と含めていない場合とでは計算の方法が異なってくることから、結果にとおいてわずかな誤差が生じるものの、いずれの場合でも雑収入を含んだ事業収入となり、ほぼ同額の算出所得となるし、仮に、仕入金額から雑収入部分(空き瓶等の売却収入及び仕入先からのリベート等)を相殺する方法によれば、雑収入が売上に含まれない代わりに、原価である仕入金額がそれだけ少なくなるのであるから、<1>の事情の下では合理的な算定方法といわねばならない。
(三) 実額主張について
控訴人は、必要経費の実額が明らかである以上、実額の必要経費を認めるべきであると主張するが、右は単に推計の合理性を争う主張にすぎず、推計の必要性が認められる限り、その合理性を否定するには、控訴人において、収入と経費の実額金額を主張、立証し、推計に基づく所得計算の過誤を明らかにすべきれものであるから、必要経費のみの実額を主張、立証することは推計に対する友好な実額反証ではあり得ない。なお、控訴人が事業所得に関し所得金額、経費についての実額立証を始めたのは当審第二回口頭弁論期日からであって、右は時機に遅れた攻撃防御方法として国税通法一一六条二項により却下されるべきものである。
控訴人の不動産所得については、原審において被控訴人の推計による課税根拠の立証後に控訴人の実額立証がなされたことから、被控訴人は、右は国税通則法一一六条一項本文の時機に遅れた立証であって同条二項を適用すべき旨を主張したのに対し、原判決は、控訴人の実額主張の内容は審査請求段階で判明していたから、この点の推計の必要性がないと判示している。しかし、行政処分の審査手続と取消訴訟手続は全く別個の手続であるから、たとえ審査請求前置が定められ、控訴人がこれに従って本件各更正処分の審査裁決を経たうえで本訴提起に至ったとしても、受訴裁判所は、審査請求とは別個独自に、本訴において提出された証拠のみに基づいてこれを認定すべきものである。したがって、控訴人の右の点の実額立証(甲第一五号証の一ないし三、第一六ないし第三五号証)は許されず、推計の方法により不動産所得を算定すべきである。
理由
一 本件各更正処分の経過
請求原因1のとおり本件各更正処分及び過少申告加算税の賦課決定がなされたこと、本件各更正処分が被控訴人の推計により控訴人の総所得金額を算出してなされたことは当事者間に争いがない。
二 本件各更正処分に至る経過と推計の必要性、調査手続の適法性について
1 本件各更正処分に至る経過
甲第四、第五、第五〇号証、乙第一号証、原審証人林喬任の証言(以下、単に「林証言」という。)、原審及び当審証人渡辺大修、同渡辺紀子の各証言(以下、渡辺大修の証言を単に「渡辺証人」といい、渡辺紀子の証言を「渡辺紀子証言」という。)、控訴人本人の原審における供述を総合すれば以下の事実が認められ、右各証言、供述中この認定に反する部分は後記のとおり採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 被控訴人は、酒類小売業と建物賃貸業とを兼営する控訴人(いわゆる白色申告者)の係争各年の申告額が、その事業規模の割りに低いことから、所得税部門の上席調査官である林係官を担当者として控訴人の所得調査をすることになった。林係官は、昭和五七年一〇月六日、事前連絡なしに控訴人事業所(米子市東町二三八番地所在、以下「控訴人店舗」という。)に臨場したが、控訴人が不在でその弟である小室年英が店番をしていたため、身分証明書を提示して控訴人の所得調査に赴いた旨の要件を告げ、さらに、年英に頼んでその場で控訴人に電話を架けて取り次いでもらい、控訴人に対し所得税調査で控訴人の店舗に赴いた旨を述べた。控訴人は、これに対し、「調査は一年前に済んだのではないか。今日は、自分も妻も体調が悪く医者に行くので、明日にでもしてほしい。」との返事であった。そこで、林係官は、翌日控訴人店舗に出向く旨を約して辞去し、翌七日、再び控訴人店舗に臨場したが、前日同様、小室年英が店番をしているだけで控訴人は不在であったため、年英に電話で取り次いでもらったうえ控訴人に対し、控訴人の自宅まで出向くので、係争各年の申告の基礎となった帳簿書類を提示してもらいたい旨要請したが、控訴人は、当日は体調が悪いこと、帳簿は店舗と自宅に分散保管していることを理由に、同月一三日には控訴人店舗において調査に応ずる旨答えた。
(二) 林係官は、右の経過で同月一三日に三たび控訴人店舗に臨場したところ、同店舗には控訴人のほか、立会人として控訴人の要請を受けた米子民商の渡辺紀子事務局員、森田会員がおり、遅れて江原米子民商顧問(県会議員)が来所した。林係官は控訴人に身分証明書を提示したうえ、改めて係争各年の所得税調査のためとして申告の基礎になった帳簿書類の提示を求めたが、控訴人は、どういう点に問題があるのかとして具体的な調査理由の開示を求め(林係官は、それ以上具体的な理由を明示しなかった。)、自分一人で店番もいないので都合が悪い(帳簿等は店舗に保管していた。)、前の担当者はなぜ来ないのか、一年前に調査が済んでいる、税務署の手持資料で調査してくれ等といって提示要請に容易に応じなかった。林係官は、さらに、税務署の資料だけでは完全な所得計算ができないので、販売台帳、仕入帳、経費帳、及び請求書、領収書など関連の原始記録(以下、これらの帳簿や請求書などを「帳簿等」という。)の提示を求めたが、控訴人が準備していないと言い張ったため、同月二六日の調査期日を約束して同店舗を辞去した。
(三) 林係官は、約束の同月二六日、控訴人店舗に赴いて控訴人に帳簿等の提示を求めたところ、店舗裏のプレハブ製倉庫(酒やビール等の商品が保管されていた。)に案内されたが、机のうえには酒類販売台帳が用意されていただけで、提示を求めたその余の帳簿等は準備されていなかった。そこで、同係官は控訴人に対し、帳簿等を提示しないと所得計算ができない旨を述べて再三にわたりその提出を求めたがこれに応ずる様子がないため、反面調査ひいては推計が必要となる旨を述べたところ、控訴人は、林係官の調査は、所得がなくっても無理やり修正申告に応じさせると聞いており、帳簿を見せても同じだから勝手に調査してくれと答えた。さらにその際、調査に立ち会った米子民商の渡辺大修事務局長と林係官との間で、その前日(二五日)の被調査者を次郎長寿司とする調査の有り方を巡って激しい議論となり、渡辺事務局長から「(酒類販売台帳を)見ても良いが、昨日(次郎長寿司)みたいなことはするなえ。」といわれたことから、林係官はこの時点で、前記酒類販売台帳に目を通すことなく調査を打ち切った。
(四) その後別紙1記載の経過で本訴に至っているが、控訴人は、係争各年の収入及び経費の実額を算定できるだけの日々の取引の全て(買掛、現金仕入れ、現金売り、売掛、空き瓶の引き取り、経費支出、預金勘定、店主勘定等一切)をB4版ノートに記帳し、買掛帳(A五版のルーズリーフで一年分の厚さ二センチ程度のもの)、集計表(B四版大で月一枚のもの)を作成し、仕入伝票、領収書、請求書等とともに控訴人店舗に保管していたが、異議申立て手続ではこれら帳簿等を提出せず、審査請求においても必要経費に関する帳簿等(右のうち「各年分現金支払営業費」と題する帳簿は、現金売上及び売掛金の入金額、買掛金及び営業費の支払額、預金の預け入れ及び引き出し並びに現金残高を記帳したものであるが、その複写から営業費欄外の部分を切り取ったものを複写して提出した。)を提出しただけで、国税不服審判所が再三提出を求めても収入に関する帳簿等を提出しなかった。およそ以上の事実が認められる。
前掲渡辺証言並びに控訴人の供述中には、<1>一三日には控訴人から調査理由の開示を求めただけで、林係官は具体的な質問をしないし、帳簿の提示要請まではなかった、<2>しかし、同日林係官と酒類の粗利の話になったとき、林係官の粗利の認識が実際より相当高かったので、まず、その認識を改めてもらうため係争各年の酒類販売台帳を見てもらうことで納得してもらった、<3>二六日には、控訴人が右の酒類販売台帳を準備して調査を促したのに、同係官は、調査に立ち会った渡辺と顔を会わせるなり、前日の次郎長寿司における調査時に、調査の方法等を巡って見解が相違した事項を蒸し返し、執拗に口論を挑みかかって激昴し、結局、用意した椅子に座ることもないまま帰ってしまった旨を述べる部分がある。しかし、<1>についてみれば、乙第一号証によれば、控訴人は、審査請求手続において、「酒類の小売販売の粗利益についての議論の際、林係官から帳簿等を提示するかどうかと恫喝された」旨を主張していることが認められ、右事実は、少なくとも、林係官が一三日の時点で既に、控訴人に対し帳簿等の提示をするよう繰り返し要請していた事実を裏付けるものというべきであり、<2>についてみても、同月一三日の臨店調査の際に粗利についてやり取りがあった事実は林証言も認めるのであるが、およそ、税務調査の目的は、被調査者の帳簿や領収書等に基づいて課税標準、税額を調査し、これらが申告によるそれに合致するか否かを判断するところにあり、右の調査のためには被調査者の収入、経費を把握できる帳簿等を調査しなければその目的を達せられないところ、前記一〇月一六日は同係官も三度目の臨店調査として足を運んでいるのであるから、同係官が四度目の臨店調査になる二六日の調査期日を前にして、おおよその粗利を把握できるに過ぎない酒類販売台帳のみの提示で控訴人と合意し、二六日の調査期日にこれを前提に調査に赴いたとはとうてい考えられず(けだし、林係官の調査目的からすれば、粗利益率程度のことが判明しても、それ自体により実質調査の目的を達せられないことは自明であるからである。)、また、<3>についても、林係官が一〇月二六日の四度目の調査期日に渡辺事務局長と他店における調査方法に関連して口論となったことは前記認定のとおりであるが、せっかく約束を取りつけた二六日の調査期日に、右の私的な口論を本件調査に結びつけて職務を放棄したものと考えるのも不自然であって(もっとも、乙第六号証、林証言によれば、林係官は、昭和五七年一〇月六には、一部、米子酒販株式会社に対する反面調査を始めている事実が認められるが、右をもって同係官の臨店調査が推計課税を行うためのつじつま合わせに過ぎないとはいえない。)、前記渡辺証言、控訴人本人供述部分は採用できず、この点に関しては林証言に信を置くことができると考えられる。
さらに、控訴人は、異議申立、審査請求手続で帳簿類を提示しなかったのは、推計の必要性に欠けることを理由に本件各更正処分の取消しを求めたためであると主張するが、甲四〇号証、乙第一号証、当審渡辺紀子証言、控訴人本人供述を総合すれば、控訴人が審査請求手続において、本件各更正処分の手続的違法を争うと同時に実額主張をもしながら、実際には、自己の一方的な見解に基づいてその主張立証を有利な経費(減算項目)に限定し、担当審判官の要請にもかかわらず、不利益な収入については明らかにしない方針であったことは明らかである。
2 本件各更正処分時における推計の必要性について
右認定事実によれば、控訴人は、林係官が控訴人の求める程度に応じた具体的な調査理由を示さなかったとしても、同係官が係争各年における控訴人の申告の真実性、正確性を確認する必要があるため調査に赴いたことは前記経過から当然認識していたのに、事前に約束した三回目の調査期日には同係官と直接面談して帳簿等の提示を求められたにも拘らず、これらを控訴人店舗内に備えながらこれを拒絶し、四回目の調査期日に準備したのも粗利益率という抽象的な数字を示す帳簿のみであり、その後の異議申立手続、審査請求手続においても、控訴人なりの方針に基づき経費等自己に有利な帳簿等の提出に応じたに過ぎないのであるから、これらの一連の経過に照らせば、控訴人は、林係官の税務調査について明らかに非協力的であり、そのため所得の実額計算が不可能又は著しく困難であったといわねばならない。したがって、本件各更正処分時において推計の必要性があったものというべきである。
3 本件調査手続の適法性について
当裁判所の判断は、原判決が、その一六枚目表一〇行目から同裏二行目までに説示するのと同一であるから、これを引用する。
三 事業所得の売上原価について
1 大口仕入先分
当裁判所も、控訴人の別紙3記載の<1>ないし<17>の取引先からの仕入額は、同表記載のとおりであると判断するが、その理由は、原判決一六枚目裏四行目から一一行目までと同一であるから、これを引用する。
2 その他の仕入先分
そこで、別紙3記載<18>の「その他の仕入先」について検討するに、甲第四〇号証、乙第一号証と弁論の全趣旨によれば、山陰コカ・コーラボトリングを除いたこれら一五件の仕入先は、被控訴人の反面調査によっても捕捉漏れとなっていた取引先であり、これが判明したのも、控訴人が、審査請求手続において経費を立証する目的で、昭和五六年の営業日のうち別紙5記載の五日分の日記帳写しのみを提出したことから、たまたまそれに記載された限度での仕入先、仕入額(合計二三万六一七九円)として判明したこと、控訴人は審査請求手続においても右の具体的な仕入先を明らかにしなかったため、右の仕入商品が加工食品及びつまみ類であることは判明したものの、具体的仕入先が判明しなかったり、判明しても現金仕入または現金処理のために実額を確認できないことが認められる。
しかし、小売業者が月一回仕入れをする取引慣行は、経験則上首肯できることに加え、右は昭和五六年の一年間の営業日のうち、月を異にする月初めまたは月末の五日分の日記帳の記載であって、少なくとも、右が月一回分の仕入の一部には該当すると認められ、後記ボン商会のそれを除き特段の事情の認め難い本件では、控訴人の営業においては、控えめに見ても四か月間に一八万二八七九円(前記仕入額二三万六一七九円からボン商会の仕入額五万三三〇〇円を控除したもの。なお、「」が「瓶」の誤記で顧客からの空き瓶の引き取り代金であるとしても、控訴人本人の原審における供述によれば、右は仕入と同視できるものである。)の仕入が発生したものと認めるのが相当であり、これを年間仕入額に換算すると五四万八六三七円となる(=一八万二八七九円÷四×一二)。しかし、ボン商会のそれにあっては、控訴人が、その本人供述において一二月のクリスマス用品の仕入である旨弁解し、その裏付として甲第五〇号証の一、二を提出しているところ、右弁解を排斥する資料は存在しないから、右の仕入は係争各年を通じて年一回の仕入があったものといわざるをえない。
被控訴人は、右一五件の仕入は月を異にする五日分であるから、これを一二倍して年額換算しても、年間にすれば平均化すると考えられる旨主張するが、証拠(乙第一五ないし第二〇号証第二一、第二二号証の各一、二)によれば、控訴人の酒類以外の仕入額は月毎にかなりばらつきがあることが認められ、右が年間を通じた仕入先であるとすれば、他に資料が見当たらない以上、被控訴人の右主張よりも、右のように認定するほうがより合理的である。
控訴人はこれと反対に、推計の基礎となる売上(仕入)原価の認定に、右のような推計を持込むことは許されないと主張する。確かに、推計課税は実額を把握する資料が得られないときに、やむを得ず間接的資料により所得を推計するものであるから、本件のように売上原価を推計の基礎として、所得を推計する場合には、売上原価が正確に把握される必要があることは指摘のとおりである。しかし、そうであるからといって、推計の基礎とすべき数値(売上原価)を、常に反面調査や帳簿等の資料により直接証明される額に限定しなければならないものではなく、必要な場合には推計によることもできるのであり、その推計方法に合理性が肯認できれば、所与の資料からの推計も当然許容されるというべきである。本件においては、被控訴人が把握した仕入額に相当の捕捉漏れが窺われるのであるから、一年間の営業日のうち五日間の日記帳に記載された仕入実額以外の仕入が全くなかったと考えるのは、却って取引の実態を閑却するものと考えられる(控訴人本人供述中には、前記一五社のほとんどが継続的な仕入先でないとする部分があるが、容易に採用し難い。)。そして、前記推計がなお合理性を失わないものであることは前説示のとおりであるから、控訴人の右主張は採用できない。
したがって、昭和五六年における「その他の仕入」額は五四万八六三七円に五万三三〇〇円を加算した六〇万一九三七円となる。そして、昭和五四年、同五五年分の「その他の仕入」額については、右金額が昭和五六年の仕入総額に占める割合をもって推計する。
3 仕入総額
以上によれば、控訴人の係争各年における売上原価は、別紙3の<1>ないし<17>と別紙14の(4)の合計額であって、別紙16の<1>欄記載のとおり
昭和五四年分 二六一一万八四一七円
昭和五五年分 三四二〇万八九八六円
昭和五六年分 四一六一万四六九二円
となるところ、酒類小売販売業の場合には期首、期末の棚卸額はほぼ同一と推認され、本件では右推認を覆すに足る資料もないから、右仕入額をもって売上原価と考えるのが相当である。
四 事業所得を推計するための同業者選定の合理性について
1 国税七基準及び右による類似同業者選定の合理性
原判決一八枚目裏四行目の「第四」を「第四号証」と改め、同七行目の「(一)ないし(七)記載の基準」の次に「(国税七基準)」を加え、一九枚目裏初行の「第一〇の一」を「第一〇号証の一」と、「第一四」を「第一四号証」と、一二行目の「原告の最終準備書面」を「控訴人の原審における最終準備書面」とそれぞれ改めたうえ、原判決一八枚目裏四行目から二〇枚目表八行目までを引用する。
2 類似同業者選定基準の変遷について
乙第一号証と弁論の全趣旨によると、被控訴人は、本件各更正処分ないし異議決定手続の段階で、米子税務署管内に住所及び事業所を有し、控訴人と業種、業態および事業規模が類似することなどを条件とした類似同業者選定基準(以下、便宜「原処分選定基準」という。)を設定し、これにより選択されたA、B、(C)の三名を類似同業者として選定したが、国税不服審判所はその裁決においてA、B、(C)のうち、(C)は郡部に所在しており、業態が控訴人と類似していないと判断してこれを排除し、新たに米子市街地に事業所を有し、控訴人と業種、業態及び事業規模の類似する類似同業者として(e)、Cを選定したことが認められる。しかして、被控訴人が、本訴において新たに主張する国税七基準によれば、類似同業者として選定されたのは、A、B、C三名にDを加えた四名であり、裁決が採用した業者(e)が排除される結果となっているものである。
控訴人は、右の点を捉え、本件更正処分ないし異議決定手続、審査請求手続、本訴手続の三段階で、選定された類似同業者に出入りがあり、かつ、段階を追うに従い粗利益率の低い業者が排除され、新たに控訴人に不利益な粗利益率の高い業者が選定されているのは、被控訴人において、本件更正処分の維持に向けて原処分基準より控訴人に不利益な国税七基準を恣意的に設定した結果であり、したがって、右基準により選定されたAないしDの四名を類似同業者とし、その平均率を適用することは許されない旨強調する
しかしながら、推計による課税処分において、類似同業者選定基準の設定並びにこれによる選定の合理性は、処分の課税根拠(実体要件)を構成するものであり、かつ、ここにいう課税根拠は、少なくとも、いわゆる白色申告者にたいする課税処分においては、課税庁は、原処分時における処分理由に拘束されることなく、客観的に存在するところに従って主張することが許されるというのが相当である。したがって、本件において、問題となるのは、被控訴人が本訴において課税根拠と主張する国税七基準の設定及びこれによる類似同業者の選定が、客観的に判断して十分な合理性を満たしているか否かにあることはいうまでもないところであって、この点に関しては、国税七基準の設定及びこれによる類似同業者の選定が、控訴人の業種、業態、事業規模に照らし、その合理性に疑いを入れる余地がないことは、1に引用の説示のとおりである。
控訴人は、およそ、課税庁が、訴訟において原処分時と異なる選定基準を主張する場合は、それが原処分選定基準に比してより合理的であることの立証をしない限り、訴訟において主張する選定基準は恣意的に設定されたもの、少なくとも合理性を欠くものと解すべきであると主張している。おもうに係る主張がなされるのは、これら基準による選定対象となる業者の氏名やその原価率、所得率に関する資料は課税庁である被控訴人が独占し、事柄の性質上公にされないところに原因すると推測されるのであるが、本件においては、前記のとおり、控訴人の類似同業者の選定については、合理性を有する国税七基準を設定し、それに該当する業者を機械的に選び出す方法をとっているのであって、原処分選定基準と国税七基準が異なることだけを理由に国税七基準及びこれによる類似同業者の選定が恣意的であるとする主張は採用の限りではない。
別紙6記載のAないしDの四業者の平均売上原価率(小数点以下五位切上げ)と平均算出所得率(同切捨て)は、被控訴人が別紙6に主張するとおりである。
3 同業者比率を用いることの合理性について
この点に関する当裁判所の判断は、原判決が二二枚目表二行目から同裏三行目までに説示するのと同一である(但し、原判決二二枚目裏初行の「AないしC」を「AないしD」と改める。)から、これを引用する。
4 同業者比率の算定に当たり、雑収入を売上に含めることの適否について
(一) 前記AないしDの四業者の平均売上原価率、平均算出所得率は、右四業者の売上高に雑収入を含めた収入全部を基礎とするものであるが、甲第四一、第四五号証、原審証人鈴木章の証言によると、雑収入は「雑種入勘定または雑益勘定といわれ、まれに発生する営業外収益で、その額が些少であるため独立科目を設定して処理するほど重要でない諸利益項目を一括処理する勘定であり、例えば、少額な現金過不足、古紙の売却代金などをいう。」ものとされていることが認められ、それ自体は売上原価との相関関係を当然に認めることはできないことはいうまでもないから、類似同業者の平均売上原価率、平均算出所得率を使用して被推計者の所得を推計する場合は、雑収入を含まない類似同業者の売上高を基礎に算出した平均値を使用し、これに被推計者の個別雑収入の実額を加算する方法が最も合理的であることは、一般論としては控訴人主張のとおりと考えられる。
(二) しかし、本件では、控訴人に雑収入が生じていることは控訴人の主張から明らかであるのに、控訴人が税務調査に対して雑収入額算定の基礎となる直接資料を提示しないため、その実額を算定することができないこと前記のとおりであるから、このような場合雑収入の実額が把握できないからといって、その部分の課税を断念するのはもとより租税公平主義に反するから、雑収入についても、その方法に合理性を欠かない限り、推計による把握が許容されるべきである。控訴人は、乙第六号証ないし第二三号証に基づき、いうところの雑収入実額を主張するのであるが、これらは被控訴人の反面調査により収集した資料に過ぎず、控訴人の雑収入実額全部であるとはとうてい考えられず、右の程度の主張、立証のみによって前記推計計算の必要性を排除することはできない。控訴人は、平成四年一〇月九日の当審第三回口頭弁論期日に至り、さらに、雑収入の実額立証として甲第五五ないし第八二、第八三、第八五号証の各一ないし四、第八四号証の一ないし三を提出したが、右も前記反面調査において把握された限度における取引先における雑収入の裏付資料に過ぎないから、前記判断を覆すものではない。なお、被控訴人は、右は国税通則法一一六条二項所定の時機に遅れた攻撃防禦方法として却下を求めるのであるが、いずれも即時の取調べが可能な証拠であって、訴訟の完結を遅延させるものとまでいえないから、右申立ては採用できない。
(三) しかのみならず、控訴人も指摘するとおり、酒類小売業における雑収入の大半は、仕入先からのリベート(仕入割戻金、奨励金等)、空き瓶の仕入先への売上によるものであることは推測に難くないところ、右の収入形態からして仕入取扱高との相関関係を否定し去ることのできない性質のものといわねばならない。確かに、乙第一、第三五号証と弁論の全趣旨によれば、右四業者の雑収入、仕入額(売上原価)は別紙15のとおりであることが認められ、控訴人も指摘するとおり、前記四業者の仕入額(売上原価)と雑収入には必ずしも一定の相関関係は見られないが、弁論の全趣旨によると、酒類小売業者のリベート等の雑収入の会計処理は、<1>仕入割引等としてその金額を総収入に算入する方法(いわば雑収入方式)と、<2>仕入額から控除する方法(いわば仕入控除方式)の二通りの処理がなされている事実が認められるから、前記四業者にあっても必ずしも統一した処理がなされていないことはその数値から容易に推測できるところであり、その仕入額(売上原価)と雑収入金額に相関関係が認められないことをもって、その雑収入が仕入額に相関しないものとはいい難い。そうとすれば、前記四業者が、これらリベート収入、空き瓶売却収入を、<1>の方法、<2>の方法、さらに、<1>、<2>の混合方式のいずれの会計処理をしているかは定かでないとしても、雑収入を含めた四業者の売上高を基礎に算定された平均売上原価率、平均算出所得率を採用することには合理性があり、控訴人の主張は採用できない。なお、甲第四一、第五二号証中には、係る方法を採用した場合、控訴人の所得に説明のつかない過大所得が算定されるとする部分があり、右は会計理論として否定することはできないと考えられるものの、控訴人の雑収入が同業者に比べて極めて低いことを前提にした極端なモデルケースを論じたに過ぎないもので、前提事実を肯認できない本件では採用の限りではない。
五 事業所得金額
1 算出所得金額
(一) 右によって、控訴人の係争各年における算出所得を計算すると、別紙16の<5>のとおり、
昭和五四年度 五三〇万五二五〇円
昭和五五年度 七一三万五一〇四円
昭和五六年度 七九五万二一一九円
となる。
(二) 経費の実額主張について
控訴人は、本件において、事業所得についての経費の実額主張が認められるべきであるとのみ主張し、売上と当該経費の対応関係を主張しないのであるが、先に判断したとおり、被控訴人が反面調査により把握したところをもって推計の基礎とした収入額(把握された限度での売上原価から収入金額を推計したもので、控訴人もこれをそのまま認めている。)は、控訴人の当該係争年度における収入額の全部でないことは証拠上明らかに認められるのであるから、このような場合に経費のみを採りあげて実額主張をしても、その経費の一部には反面調査により把握できなかった収入に対応するものが含まれることは容易に推測でき、右のような経費主張は真実の所得金額の算定に過誤を招来する因子となることは明白であるから実額反証としては無意味であり、同時に、被控訴人主張の推計の合理性を動かす性質のものではないから、右は主張自体失当といわねばならない。
2 標準外経費・事業専従者控除
原判決二四枚目表一〇行目の「一五の一ないし三、第一六ないし第二一」を「一五号証の一ないし三、第一六ないし第二一号証」と、一一行目「建物全体」を「控訴人店舗全体(電気設備工事、給排水設備工事を含めて昭和五三年一〇月取得)」と、同裏五行目から六行目に掛けて「別紙13」とあるのを「別紙17-1」と、二五枚目表二行目の「乙第二六」から三行目の「第三〇の一、二」までを「乙第二六号証の一ないし四、第二七号証、第二八号証の一、二、第二九号証の一ないし三、第三〇号証、一、二、原審土井哲生の証言」と改め、四行目「料として」の次に「別紙17-2のとおり」をそれぞれ加え、四行目から五行目に掛けて「二〇四万五三六二円」とあるのを「二〇四万五三六六円」と改めたうえ、原判決二四枚目表九行目から二五枚目裏一一行目までを引用する。
3 審査裁決について
控訴人は、国税不服審判所長の裁決に国税通則法九八条二項の解釈を過った過誤がある旨縷説するが、右は原処分である本件各更正処分の違法を主張するものでないこと明らかであるから、採用できない。
4 事業所得の結論
以上によれば、控訴人の係争各年の事業所得金額は別紙16のとおり、昭和五四年度が三二三万六八一七円、昭和五五年度が五二二万九六三四円、昭和五六年度が六〇二万六四七七円となる。
六 不動産所得の実額
1 収入金額については、昭和五四年分は二一〇万円、昭和五五年分は二三一万六〇〇〇円。昭和五六年分は二三〇万一〇〇〇円であることは当事者間に争いがない。
2 必要経費の実額主張について
(一) ところで、控訴人の不動産所得についても推計の必要性があったことは先(二2)に説示のところから明らかであって、本件各更正処分時に推計の必要性が認められる限り、その後右所得を実額計算できる資料が提示されてもそれゆえに推計課税そのものが違法となるものではない。
しかし、1のとおり控訴人の不動産所得については、被控訴人において収入金額の実額を把握していることは被控訴人が自認するところであり、かつ、弁論の全趣旨によれば、控訴人は、酒類小売業を営む控訴人店舗の一部で不動産賃貸を兼業するのみで、他に不動産所得を得る源泉のないことが認められるのであるから、このような場合は、控訴人の経費の実額主張を許容しても、控訴人の事業所得における五の1(二)に説示したような問題は生じないと考えられる。なお、被控訴人は、被控訴人が本件課税処分の基礎となった事実を主張したのは、原審第二回口頭弁論期日(昭和六一年一〇月九日)、その立証を修了したのが原審第一〇回口頭弁論期日(昭和六三年八月二五日)であるから、その後における控訴人の実額主張は国税通則法一一六条一、二項、民訴法一三九条により許されない旨主張している。しかるところ、本件訴訟経過として、被控訴人主張事実のほか、控訴人が不動産所得に関する経費の実額資料である甲第二二ないし第三五号証を提出したのが原審第一五回口頭弁論期日(平成二年五月一〇日)であることは記録上明らかであるが、右手続経過からして訴訟の完結を遅延させるとまではいえないから、右主張は採用しない。
(二) 必要経費
当裁判所の判断は、原判決二六枚目表八行目から同裏末行に説示するのと同一(但し、原判決二六枚目表九行目の「三五、乙第一」を「三五号証、乙第一号証」と、裏四行目の「二三、乙第一」を「二三号証、乙第一号証」と、一二行目の「五項2の(二)、(三)」を「五項2」とそれぞれ改める。)であるから、これを引用する。
3 不動産所得の結論
1項の収入から2項(二)の必要経費を控除すると、別紙18のとおり、不動産所得は昭和五四年分が三〇万九八四二円、昭和五五年分が五六万六七二七円、昭和五六年分が六四万八六八六円となる。
七 総所得
そうすると、控訴人の事業所得と不動産所得の合計額は、昭和五四年分が三五四万六六五九円、昭和五五年分が五七九万六三六一円、昭和五六年分が六六七万五一六三円となる。
八 結論
以上のとおりであり、本件各更正処分はいずれも控訴人の所得金額の範囲内でされたものであって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 長谷喜仁 裁判官 渡邉安一 裁判官 長門栄吉)
別紙1
<省略>
別紙2
原告の事業所得の金額の算出経過表(被告主張分)
<省略>
右表<6>の標準外経費の内訳
<省略>
別紙3
仕入金額の明細
<省略>
別紙4
<省略>
別紙5
<省略>
別紙6
<省略>
別紙7
原告の不動産所得の金額の算出経過表(被告主張分)
<省略>
別紙8
類似同業者(不動産所得)の算出所得率表
<省略>
別紙9
同一業者であるにもかかわらず、本訴においては説明不可能な過大所得が生じていること
(事業所得関係)
<省略>
(A)表の「両者の差」欄と(B)表の「両者の差」欄の数字はほぼ一致しなければならないのに(B)表の方が大きくなっている。
別紙10
不動産所得(原告主張分)
<省略>
別紙11
同一業者であるにもかかわらず、所得率の数字が本訴と異議決定で異なること
<省略>
別紙12
【表1】 リベート一覧表
<省略>
【表2】 容器代(空壜代)一覧表
<省略>
別紙13の1
昭和54年 標準経費集計表
<省略>
別紙13の2
昭和55年 標準経費集計表
<省略>
別紙13の3
昭和56年 標準経費集計表
<省略>
別紙14
その他の仕入額の算定(認定分)
(1) 別紙5記載の昭和56年分「その他の仕入」実額601,937円(a)
別紙3記載の昭和56年分の番号18を(a)に置き換えると、同年分の仕入総額は41,012,755円(b)
昭和56年分の「その他の仕入」額の仕入総額に対する割合は
(a)÷(b)=0.0146
(2) 別紙3記載の昭和54年分の「その他の仕入」額を除く仕入実額は25,737,089円(d)、同年分の「その他の仕入」額は
(d)÷(1-0.0146)×0.0146=381,328円(e)
(3) 別紙3記載の昭和55年分の「その他の仕入」額を除く仕入実額は33,709,535円(f)、同年分の「その他の仕入」額は
(f)÷(1-0.0146)×0.0146=499,451円(g)
(4) まとめ
昭和54年分の「その他の仕入」推計額は、381,328円(e)
昭和55年分の「その他の仕入」推計額は、499,451円(g)
昭和56年分の「その他の仕入」推計額は、601,937円(a)
別紙15
<省略>
<省略>
<省略>
別紙16
事業所得(認定分)
<省略>
<6>の標準外経費
<省略>
別紙17-1
建物減価償却費(認定分)
<省略>
別紙17-2
<省略>
別紙18
不動産所得(認定分)
<省略>